2016年6月9日
神祀る池
晴れて暑かった。
昼から自由な時間がとれたので、さて、どこかバスなど釣りに行きたいが、まだいちども釣りをしたことのない野池で自分好みの釣り場はないかと考えていたところ、渡りに船とはこのことでデーブ鎌田が電話をかけて来た。
彼は私に、アオリイカはイマイチだがコウイカがけっこう釣れている。手軽でおもしろいから気が向いたら出かけてみてはどうかと勧めてくれた。
「そいつはいい。近いうちに行ってみるよ。でも、さしあたり問題なのは今日これからバスを釣りに行くとして、景色がよく水が澄んで、一時間くらいでバスが二つはまちがいなく釣れて、なんといっても日差しがきつそうだから木陰から仕掛けを投げたり巻いたりできる、そんな夢みたいな釣り場がどこかにないだろうかということなのだ。できればこれまでに訪れたことのない野池がいい。知らないか?」
そう私が訊くと、デーブ鎌田は打てば響くというか、
「あいかわらず無理ばっかり言いますねえ。それなら・・・・・」と前置いてから即答で新天地ともいうべき野池を紹介してくれた。
「なんだ。用意がいいじゃないか」と私は上機嫌だった。
そりゃそうだろう。
飯を食ったら早めに出かけて早めにバスをやっつけて早めに帰宅し、風呂に入ったら飯までのあいだDVDを観る。なんでもその筋の名人がトップウォータープラグだけを使ってバスを釣りまくるというのだから早く観たいに決まっている。貰ったのは三日前だが、書きものに追われて機会を逸したままずるずる後まわしになった。それなら、これから観賞すればいいと思うかもしれないが、そのDVDと一緒にクランクベイトを何種類か貰ったので、そいつを試してみたくなった。
緑したたる雑木林のなかを行く。バスを求めて
バスの反応が最もよかったシャローエリア
デーブ鎌田の話では、車を駐車した場所から傍らの土手に出ると、足元に水の落ちていない水の落とし口があるということだった。右へ行くと俗にいうチョコレート護岸が長くつづき、その向こうは雑木林だが、それはちょうど駐車場所の側からすると対岸に当たる。コンクリートの護岸はカンカン照りの日中に釣りをするには過酷すぎた。そうかと言って対岸の雑木林は道が通っていないので釣りにはならないということだった。
そうなると、左に行くしかない。
水の落とし口に架かる小橋を渡り、私は雑木林のなかを奥へ奥へと進んでいった。水辺に沿って道とも思えぬ心細げな道が切ってあり、ところどころ雑木が途切れてどうにか竿を出せそうな場所が何カ所かあった。スピニングタックルでならルアーを投げたり巻いたりするのにさして難儀はしない。足元は水面まで少し距離があるがあまり大きくないバスなら慎重に抜きあげればなんとかなるだろうと思われた。
デーブ鎌田はランカーサイズがけっこういるから気を抜くなと言っていたが、昼の日なかに食いついてくるとも考えにくかったので、出たとこ勝負ということで玉網も用意しないで来た。
底の藻に引っ掛けたクランクベイトを揺らせていると・・・
底の藻からルアーがはずれた一瞬後にバスが食ってきた
良い成績をあげているノリーズのクランクベイト
隣接する小池でも小バスが釣れた
使用したライン
日差しが強く、気温以上に暑く感じられて閉口した。
そうは言っても、まだ六月になってどれほどもたたないせいか、薄暗い樹なかに居ても藪蚊も虻も出ない。虫刺されに悩まされることがないだけでも儲けものだった。
辺りはひっそり閑として物音一つしなかった。鳥も鳴かない。こうして雑木のなかに息をひそめていると時間が止まってしまったような感じがした。
そのままじっとしていると、何処からか小さな蝶が舞って来て、苔むす石の上に止まった。ベニシジミだった。蝶は石に休みながらもつばさの開閉だけはやめなかった。それは、気が向くと開き、また閉じるといったふうでありながら、あんがい規則性を持っておこなわれているようでもあった。なにやらもの思うふうにも見えた。
「おい、おまえ。俺も思案中だ。どのクランクから試そうかってね」
もちろん蝶は答えない。
ただ、つばさをひらいたり閉じたりをくり返すだけ。
そして、そうすることにも飽きたか、あるとき不意に石を離れたかとみるや、蝶は雑木の幹を迂回して陽の当たる空間へと舞い出た。沖をめざすかと目を離さずにいると、意外にも岸辺伝いにそのまま飛んでどこかへ去ってしまった。
サイズはともかく誘いの工夫が功を奏した一尾だけに、嬉しい
携行したすべてを試せたわけではないが、頼り甲斐のあるルアーだと感じた
御気にし静かに浮かぶ神祀る小島
雑木の絶え間から様子を窺うと、このエリア全体に浅場であることがわかった。そこは底が見えているところもあるが、金魚藻など水草が多く繁茂していることが見てとれた。ちょうど、ついさっき蝶が姿を消した辺りから対岸にかけてカケアガリになっており、歩いて来た方へ向かって水深が深くなる。
そう、ここはちょっとした入江になっていて、やる気のあるバスが餌を求めてうろうろしているエリアだったのだ。
そのとおり、いきなりバスが食いついて来た。しかし、とくに大きくはないようだ。仕掛けを引きしぼり、かまわずに巻くと、ロッドが弧を描いて撓った。
さらに強引に巻くと、水面を割ってバスが躍りあがった。もういちどジャンプしたとき、左右に頭を激しく振ったので、アッと声が出た。
そのとき、ルアーが振り飛ばされて、バスだけが水中に消えた。ルアーはフローティングタイプのクランクベイトなのでバスが落ちたその傍らに浮いていた。リールを巻くと、息を吹き返した魚のように、こちらに向かってきびきび泳ぎ始めたが、あとの祭りである。
その後、アタリが遠のいた。
貰ったクランクベイトをいろいろ付け替えて物陰や底の水草の濃い場所を中心に何でもないような場所をも含め丹念に探りを入れてみたが、無念にもノーバイトに終わってしまった。
今日はこのくらいにしておくか
沖に目をやると、小島が水面から涼しげに頭をちょこんと出しているのが見えた。脆い花こう岩で出来ているみたいで、切り立った側は石垣をあからさまに築いて補強している。小島は神の領域であり、小さな鳥居が立ち、数少ない小木の幹の絶え間から祠らしきものが覗いてもいた。
木陰から見ていると、小島に当たる陽ざしがギラギラして、遠くない夏本番をにおわせた。
ふだん、神頼みなどとは無縁の私だが、せっかく神様を祀ってあるのだから、沖へ向かって手を合わせてみた。
「そろそろバスの野郎どもに、食いつくよう、ご命令願えませんか?」
そう何の気なしに心のなかで呟いた。
すると、願い事は神様の耳にすぐさま届いて、付け替えたばかりのクランクベイトにアタリが来た。しかし、乗らない。浅場の底は立ち藻に覆われている個所が多く、その藻にクランクベイトのフックが触れた鈍い感触が、そのバスのアタリの直後に手元へと伝わって来た。
私はロッドの先をチョンチョンと動かして、藻に引っ掛けたクランクベイトにアクションを与えるよう仕向けた。何度かやっているうちに、クランクベイトが藻からはずれた。急いでリールを巻こうとしたが、巻きはじめる前にアタリが来て、そのままフッキングした。
バスだ!
浅いのでバスは横に走りまわった。それは、危機感を覚えるほどではないが、少しはましなサイズのバスにちがいなかった。
じっさい釣りあげてみると、目をみはるほどではなかったが、昼の日なかにヒットしたバスだけにサイズはともかく悪い気はしなかった。
その後も小バスが二つ釣れた。すぐ上にある小さな池でも小バスが一つ釣れた。
そして、去り際に水の落とし口付近で思いきり沖へ向かって投げると、本日〆の子バスが釣果をさらに押しあげた。
サイズに目をつむりさえすれば、ともかく釣れたので、クランクベイトもいいなと思った。
さて、このクランクベイトであるが、使い方を工夫することでまだまだ成績を伸ばせそうな気がして、今後が楽しみである。
近いうちにまた訪れて、今度こそ大物を仕留めたい。
そう強く思った。
【今回の使用タックル】
ロッド : ノリーズ ロードランナーボイス630LS
リール : ダイワ トーナメントZ2500C
ライン : ユニチカ シルバースレッドS.A.R8lb