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釣行記

釣行レポート

2011年6月21日

奥祖谷二重かずら橋に遊ぶ

徳島県三好市を流れる祖谷川は延長53.8km、水源は剣山で標高1955mである。
途中、この流域に10kmにわたってつづく祖谷渓は、谷底から国道までの高さがときに百メートルにも達し、容易に釣り人を寄せつけない。実際、はるか眼下に望むダイナミックな流れはよく澄んで美しく、渓流釣り師のあこがれの的となっているが、その一方で釣行中の滑落事故のたいへん多い水系きっての難所中の難所でもある。
このほか、祖谷のかずら橋、竜宮崖公園、渓谷をめぐるモノレールほかこの近辺には名だたる名所が多く、なかでも源流域のひときわ美しい渓流に架かる奥祖谷二重かずら橋は知る人ぞ知る人気の観光スポットとなっている。中流域にかかる祖谷のかずら橋よりもずっと山の奥に位置し、たとえば奥祖谷二重かずら橋から剣山登山口の見ノ越峠まではわずか5kmの距離しかなく、まさに四国屈指の秘境中の秘境である。

この剣山登山口のリフト乗り場と食堂土産物売り場等のある見ノ越峠に至るには三つのルートがあるが、そのうちの一つが今回通って来た祖谷川沿いを来るルート。そして、あと二つは貞光川沿いを通るルートと穴吹川沿いを登って来るルートである。この三河川はすべて吉野川水系の支流であるが、たとえば香川県高松市から剣山リフト乗り場までの距離は、貞光ルートがいちばん近く、祖谷のルートが最も遠い。
今年は春から梅雨のさなかの現在まで、まとまった雨がたびたび降って、とくに普段から雨量の多い祖谷川水系は氾濫の一歩手前という水況が長くつづいた。
むろん、こうなると相当水が濁るのでアマゴを釣るどころの話ではない。そうでなくても、もともと祖谷川は四国屈指の暴れ川なのである。
「では、支流へ行くというのはどうだ?」
「ダメダメ。鉄砲水にやられてしまう」
「もっと奥の奥だよ。源流の本流か、その沢筋へ入れば何とか釣りになりはしないか?」
「四ツ小屋谷なんか、どうだ?」
「アホ抜かせ。向こう見ずも甚だしい。行けば必ずお釈迦だ」
「そうだ、奴のいうとおりだ。川本番のこの時期に、おまえの葬式なんかに出ている暇はないぜ」
「そうだ、そんなのはごめんだ」
数日前にもこんな会話が取り交わされたばかりである。

そして、この釣り談議の席で、「おれは、あす源流へ行くことにした」と真顔で言うと、みんな意外な顔をした。
つまり、普段、危ないまねは慎め、命を粗末にするな、と口が酸っぱくなるほど言っているくせに、それが何だ! と、まあ、そういうわけなのである。
「釣りに行くわけじゃない。見物に行くのさ」と私は言った。
久しぶりに奥祖谷二重かずら橋を渡ってみたくなったのだ。
すると、仲間のひとりが、「まさか、金払って渡る気じゃないよな」と揶揄するように尋ねるので、「もちろん、払わないさ」と私はきっぱり答えた。
ここ二日三日、めずらしく大した雨も降っていない。この感じなら源流部の奥祖谷辺りは水況も少しは好転し始めているにちがいない。場所を選んで渡れば道路側の対岸へどうにか渡ることもできるだろう。そう思った私は、「かずら橋の少し上流から急な斜面を降りていき、適当な場所から向こう岸へと渡る。そこから、ちょっと樹のなかを登ればかずら橋へとつづく遊歩道へ出られるだろう」と胸の内を仲間に明かした。

実際、私はその遊歩道を利用して二重かずら橋の袂まで行った。平日の午後にもかかわらず数組の観光客がかずら橋を歩いたり、かずら橋のなかほどから眼下の源流を眺めたりしていたが、私の姿を目にするや否や、たいそう訝しげな顔をした。
頭にタオルをバンダナ代わりに巻き沢登りのウェアを身にまとったオッサンが短いルアーロッドを手に観光名所の一つである二重かずら橋の袂に突如として現れたのだから無理もないが、それにしても少しリアクションがオーバーすぎやしないか。ここは、れっきとした渓流釣り場でもあるのだし、実際、休日ともなれば多くの人が釣りを楽しみにやって来る(といっても、これほど露骨な現れ方はしないが)。
「それを、何だ、その目は!」と私は、とくにゴキブリコンバットのコマーシャルに登場しそうなオバサマ連中に対して強い不満を持ったが、向こうは五人、こちらは一人、それに口がすこぶる達者そうな様子からして、とても太刀打ちできそうにない。ただ、橋のなかほどから流れを覗き込んでいた若いアベックの二人は自分たちの思い出づくりに余念がないらしく私には無関心であった。
私はオバサマ連をやり過ごして橋の袂から岩場伝いに流れのほとりへと降りてみた。
せっかく来たのだから写真を撮ろうと思ったのだ。私はデジタルカメラをウエストバックから取り出した。ちょうどよいぐあいにアベックが橋を渡って料金所のほうへと道を登っていくのが見えた。
「チャンスだ」と私は思った。

ところが、私がカメラを手に橋を見あげたとき、コンバットオバサマたちの一行の最初の一人が袂から橋に向かって絶妙のタイミングで歩み出た。ほかのオバサマ連もつられて橋のなかほどへ向かって歩き出した。
このとき、私は嫌な予感がしたのだが、予感は的中して、オバサマ連はなかなかその場を立ち去ろうとはしない。もう変な格好をした私のことなど眼中にないといったふうに、やや増水した勢いのある流れを見おろしながら話しに花を咲かせているのである。
やれやれ、と私はため息をついた。
それを、私のすぐ下流側の岩に腰かけて油絵を描いていた初老の絵描きが見てクスッと笑った。真剣に描いていたので、それまで私は知らないふりをしていたのだが、目と目が合って私も吹き出してしまった。
「気が散るでしょう?」
「ええ。でも絵は描きたくなければ描かなくてもすむのです」
「それはそうですが」
「たしかに注意力をそがれはしますがね」
「若いアベックなら絵になるでしょうけどね」
「はい。しかし、なかなか撮らせてもらえそうにないですな、写真」
しかたないので、私はオバサマ連が橋から立ち去るまで、その絵描きとしばらく雑談を楽しんだ。

彼は、自分は商社ひと筋に勤めて定年退職し、若いころから好きだった絵を最近本格的にやりはじめたのだと語った。
ようやくオバサマ連が去って行ったので、私は写真を撮ることが出来たが、その場を辞すとき、「これからもいい絵をたくさん描いてください。では」と言って会釈すると、「はい。でも」と絵描きは語尾を濁して遠い目をした。
このあと、どう描き進めていくべきかを思案しているふうでもあったが、ふっと小さく息を継ぐと、「この橋、ずいぶん昔からここにこうして架かっているわけですが、それだって同じ橋がこうしてここに現存しているわけではないのです。当たり前のことですが、この山に自生するかずら蔦を切って来ては、古くなるとその都度組み直した。そういうわけです」と、ちょっとしんみりした調子で絵描きは言った。
「ええ。生活の道ですからね」
「人も同じです。現にそこに生きてはいるが、永遠永劫おなじ人が死なず生きているのではありません」
「もちろんです」
「ええ、そうですとも。いのちにはかぎりがある。今日は、たくさん釣って帰ってください」

もちろん、手持ちの道具は見せかけで、私は釣りに来たのではなかったが、車へもどる道すがらちょっと仕掛けを投げてみた。
すると、たった一回投げただけで、イワナがルアーに食いついた。あまり大きくはなかったが、澄んだ冷たい流れによく磨き抜かれた綺麗な魚体のイワナであった。
せっかくだから写真を撮ってから逃がそうと思い、適当な場所に釣ったばかりのイワナを横たえた。
それからイワナを手にした写真も撮りたいと思った私は、カメラのセルフモードをオンにセットした。イワナが弱るといけないので、撮影は一発勝負と心にきめてシャッターを切った。今日のこの日このときをデーターに封じ込めるまで、わずか10秒。
私はカメラの前でポーズを決めながら、ついさっき絵描きから耳にしたあの言葉を思い出していた。
「いのちにはかぎりがある」
たしかに、と私はひとりうなずいた。
そうして、釣ったイワナを水にもどすと、ひとつ大きく伸びをして、私は釣りに来たふうを装いながら、ゆっくり上流へ向かって歩きはじめた。
気の早い河鹿が短く美声を発するのを、私は確かに聞いたように思ったが、あんがい空耳だったかもしれない。
すっかり日が暮れてしまうには、まだ間があった。



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祖谷川源流にかかる奥祖谷二重かずら橋。

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こいつは楽チンそう。自分でロープをひっぱってこちらの岸から向こう岸へと向かう。奥祖谷名物、その名は「野猿」

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やや遠い流れのなかに頭を出した石周りを攻める。

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源流はキャスト精度が求められる。

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見物の帰りにちょつと竿を出したらイワナが釣れた。

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木洩れ日のなかを歩く。気分いいものだ。

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天を指して立つ杉の群生を仰ぐ。

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四国の名峰、剣山。

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