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釣行記

釣行レポート

6月17日(金)

内緒の穴場で

その渓流へは、友人の運転する車で出かけた。午前中はお互いに処理しなくてはいけない用事があって、午後からの出発となったが、途中、うどんで腹ごしらえをしてコンビニにも立ち寄って、それでも2時間くらいで楽に釣り場に着くことが出来た。

さっそく空き地に車を乗り入れて釣りの支度にとりかかる。
ロッドはいつもの渓流用で、リールはスピニングリールの1000番。ラインはシルバースレッドトラウトクリア4lbである。
友人は好みが私とは全くちがうため、ロッド、リール、ラインとも別のメーカーの製品を普段使用しているが、道中、暇を持て余した私は後部座席に乗せてある彼のトートバッグからリールを勝手に取り出して、スプールからラインをすべて取り除くと、私とおなじシルバースレッドトラウトクリア4lbに無理やり巻きかえてしまった。

「俺にラインを巻きかえさせるなんて奴は、そう滅多にいないぜ」と私はこれから使うルアーを選んでいる友人に冗談めかして言った。すると、
「なに言いやがる。勝手なことしやがって」とルアーを選ぶ手を休めて、彼は半分真顔で私のことを睨みつけた。
「まあ、そう噛みつきなさんなって。それと、ラインなんかどれもおんなじさっていう、あの言い草、あれも今日はなしにしてほしいな。わかる?人にはそれぞれ立場というものがある」
「で、今回が、その立場ってやつってわけか?」
「まあな。でも約束するよ、釣り場は誰にも明かさないし、自慢の証拠写真も一枚だけにするし、おまえの要望通り景色が写り込まないよう配慮もする。もちろん釣果写真も公表はしない。約束する。そして、このナイロンラインは大いに信頼できる!」
「そいつはありがたいぜ、ボス」
あいかわらず口の減らない奴だ。
でも、まあ、今回は彼のとっておきの穴場にゲストとして招待されたわけだし、つまらぬことに腹を立てるのはよそう。しかし、それでも彼の態度がちょっと癪に障るので、
「そんな口のききようじゃ、友達減らしかねないぜ」と憎まれ口を叩いてしまった。
すると、友人は、「おお、それは結構なことだ。元来渓流釣り師は孤独を友とするようなところがある」
「それは、ひとりなら釣り場を独占できるからさ。では、なぜ俺を誘った?」
「そりゃ、おまえが一風変わり者だからさ。俺はね、時々おまえは頭がおかしいんじゃないかと思うことがあるんだよ。釣りっていうのは釣れているときが時合ってもんだろ。それを何が面白くてあんなに熱心にパチパチパチパチ写真ばかり撮っていられるのかね。釣らないなら釣ってしまうぜっていうと、どうぞときやがる」
それは、まあ、たしかに彼のいうとおりかもしれない。いくら雑誌の取材だとはいえ、海、川を問わず魚の釣れているときに竿を持たずにカメラを手に駆けまわっているというのは、やはり釣り師としてはちと常軌を逸している。しかも、誰かがいい魚を釣りあげようものなら、「もっと魚を前に出せ、笑顔が足りない、竿の持ち方がぎこちない、糸が顔にかかっている、動くなよ、あっ目を閉じたな!」なんていちいち文句を言いながらシャッターを切りまくっているというのは、どうみても奇怪である。第一、それに付き合わされる釣り師は全くもってたまったものではないだろう。
「バッカンかなんかに活かしておいて、後でまとめて撮ればいいのに」という不平不満を以前はよく耳にしたものだ。それが、最近誰も口にしなくなったところをみると、どうやらあきらめてしまったか。

さて、友人は紺色のタイツを履いた上にウェーダーを着用し、フィッシングベストを身にまとった。そして、ここには書けぬメーカーの帽子をグイと目深にかぶって、不敵にもちらっとこっちを見て笑った。
「まあ、いいや」
「何が?」
「まあ、いいってことだよ」
「だから、何が?」
彼は写真嫌いなので、どうせ写さないのだし、載せないから帽子くらいどうだっていいのだ。
私は釣りの準備を終えると、ユニチカのラインの総発売元である代理店の某氏が送ってくれた新色のシルバースレッド帽をかぶろうとして、山の空をひと仰ぎした。
低い曇り空からは今にも雨が降り出しそうであった。

流れのほとりへと木立の幹のあいだを縫うように降りていき、対岸へと水を膝に押し分けながら渡りきると、私たちはそこから数十分かけて少し上流の釣り場まで岩伝いに進んでいった。
穴場にたどり着いたとき、空はもうすっかり晴れていた。まったく、「山の天気は移ろいやすし」のいい見本である。
私は手ごろな石に足をあずけてレッグガードを巻きなおした。
その様子を横で見ていた友人が、「おまえ、ちと早かねえか、その格好」と今更のように笑ったが、季節はもう晩春なのである。
「これにかぎるね、身軽に動けるのがうれしい。しかし、なんだな、ほら、あんなところにマタタビの葉が白い。もうすっかり初夏だな」
すると、彼はうなずいて、
「全部というならわかるが、なんで一部の葉っぱだけがああいうふうに白くなるのか、さっぱりわからんわ」
それはたぶん花粉媒介を昆虫に頼っているからだろうと思われるが、あの緑の葉に対する白い葉の割合がよりいっそう昆虫の眼につくということなのだろうか、そういえばマタタビの花が咲くのもたしかいまじぶんである。目に立つほどたくさん咲くわけでもないその白い花を、そばに寄ってよくよく眺めたことはいまだないが、野趣に富むその姿は山深い沢の景色にもよく映る。
「それは、俺は植物学者じゃないからな、わからないよ。でも、マタタビの実は古くから山の人の食用となった。黄に熟した果実は、たしか乾燥させて煎じて飲むと中風やリュウマチに効くそうだよ」
「中風とは、また古いな」
「猫に、マタタビ」
「ああ、たしかに。そして、釣り師にアマゴか」
なかなかうまいことをいう。
ちなみに、いびつなかたちのこの果実を焼酎に漬け込むと、やがて時を経てマタタビ酒となるそうだ。まだ私は飲んだことがないが、この酒の肴にもってこいの立派なアマゴが今日は何匹くらい釣れるだろう。
まあ、それはたくさん釣れるに越したことはないが、たとえ沢山は釣れなくても、初めて釣る渓というのは仕掛けを投げたり巻いたりするだけも、それはそれでけっこう楽しいものだ
「わくわくしちゃうぜ」と私は気持ちを声に出して言ってみた。
「じゃあ、早く釣れよ。さっきからウグイスもそう言って囃したてている」

山深い流れにしては落差を感じさせない、ゆったりとした流れがつづく。たしかに山岳の渓流にしてはやさしい表情をしている。峰を分けゆく流れの両側に雑木の緑が鮮やかだ。その鮮やかな緑が影を落とす冷たく澄んだ流れのなかに、私は魚影を認めて、ドキッとした。
それは、相当大きなアマゴであった。
その大きなアマゴは、緩い流れの瀬尻に出て水面を静観していた。悠々というのはこのことだ。よくよく見ていると、ときに右に揺れ左に行きして何か流下してくる水生昆虫などをついばんでいる様子である。目標に向かって速やかに、しかし、ゆっくりと迫っていき、水の裏側からパクリとやるのだが、鼻が少し曲がっているせいかまるで小鳥が餌をついばむような趣である。しかも、如何にもうまそうについばむのではない。何とももの憂げな感じで、「生きてくことにもいいかげん疲れた。なんだな、生まれるのは偶然、生きるのは苦痛、死ぬのは厄介っていう、あれはほんとうだな。前からうすうす気づいていたが、この年になってはっきりそうだとわかったよ」と、まあ、そんな風にじつに面倒くさそうに浮かんで来ては、その都度パクッとやるのである。
「この場所の魚としては相当大きいな。よく肥えているし、なんともあの老獪さがいい」
そう私が言うと、
「気に入ったかい?」と彼はまんざらでもなさそうな顔をした。
私は素直にうなずいて、「いいのか、ほんとうに?」といま一度たずねた。
「もちろん」と彼はうなずくと、それっきり私の釣りの邪魔にならぬようその場からしりぞいた。
あれだけ安定して流下する水生昆虫を食べているのだから、フライなら釣る自信が私にはあった。
「ドライフライがあればな」と私は思った。
でも、現実として私がいま手にしているのはルアータックルである。
上流に向って立つと、右には川原があって、流れは左の岩盤沿いをゆっくりと私のほうへくだって来る。瀬尻の少し手前で砂利底が急に駆け上がって、私の下流側はチャラ瀬である。
「たぶん、沈むだろうな」
そう思って小型のスプーンを投げたら、あんのじょうアマゴはそれきり餌を食うのをやめて沈んでしまった。それでも投げた以上仕方ないので、私は極力スプーンが沈みすぎないようロッドを高く構えながらリーリングをつづけた。むろん、何の反応もなかったのはいうまでもない。
私は、少し様子をみることにした。チャラ瀬に足を浸していると、やはりまだ冷たくてとても濡れながら釣るのが気持ちいい夏の快さにはほど遠かった。

しばらくすると、また餌を拾いにアマゴが水面に出るようになった。
さっきのアマゴにちがいない。
私は同じように、アマゴのうんと上流側へと、もう一度スプーンをキャストしてみた。しかし、もうそれほど危険はないとわかったのか、流れのなかに定位してそよそよ鰭をそよがせているだけで、逃げ隠れする様子はまったくなかった。
「ややっ、おもしろそうなのが泳いできやがるぞ」と、まるで人を小馬鹿にしたような態度である。
私は、ダメなのがわかっているのに、アマゴの鼻面へ仕掛けを持っていこう、持っていこうと、無駄な操作を試みた。
私は、ロッドを立て気味に、ゆっくり慎重に魚影から目をそらさぬようリールを巻いた。
と、そのとき、手元に思わぬアタリがきた。
ガツン、と来た。
私は反射的に、アワセを入れた。立て気味のロッドからアワセを入れたので、私は海老反りになりながら応戦するはめとなった。
ヒットした魚がもの凄い勢いで下流側にくだって来るのだ。
私は、後ずさりしながら、なおもリールを巻きつづけた。
すると、魚は瀬尻のカケアガリのやや上流まで下って来たとき反転して流れ込みのほうへ向かって仕掛けをぐいぐい引き始めた。
「強いな」と私は少々ひるんでしまった。
なおもためにかかると、ジ、ジッと、ドラグが短い悲鳴をあげた。
少してこずらされたが、どうにか砂利の河原にずりあげてみると、今日一番の大きさの体高のある綺麗なアマゴであった。
「いいのが釣れたじゃないか」と駆け寄りざまに友人が言った。
「ライズしていたのとはちがうやつが食ったよ」
「とっておきの穴場だからな、何尾もいるのさ」
このあと、友人が釣ったアマゴは私の釣ったものより一回り大きかったが、写真を撮ろうかという前に、彼は慣れた手つきでフックを素早くはずすと何のためらいもなく元いた流れに戻してしまった。写真を撮らせないのは仕事柄面の割れることを好まぬというのが大きな理由だが、元来写真嫌いな男である。

その後も、飽きない程度にアマゴが釣れた。まあまあのサイズのやつ少し小ぶりなやつほっそりしたの太ったの、釣りはいつも私を夢中にする。
図に乗って釣っていると、頃あいをみはからうように、
「もうじゅうぶん楽しんだかい?」と彼が言った。
そのとき、私は釣ったばかりのやや小ぶりなアマゴを流れのなかで支えていたが、「おかげさんで、いい日になったよ」
そして、そのアマゴが自分から私の手をすり抜けて泳ぎ出すのを、じっと待った。
フックの刺さりどころが悪かったのか、釣りあげたとき少しぐったりしていたので、溺れてはいけないと思って、私は冷たいのを我慢してアマゴの体力が回復するまで、そうしていたのだ。
魚がおぼれる?
そう思うかもしれないが、あんがい魚はおぼれるのである。
ひょっとすると男が女に溺れる程度にはおぼれるのではないか。
しばらくすると、鰭をそよそよさせはじめ、柔軟に身をくねらせてみたりもするようになった。
そのうち、アマゴは私の手のなかでみるみる生気をとりもどしていった。
私は、よろよろ泳ぎだしたアマゴが上流に向かって泳ぎ去ってしまうまで、じっと目を離さずに見ていた。
そして、ついに姿が見えなくなったとき、「ありがとう、きょうは!」と私はアマゴにとも友人にともつかぬ曖昧さで感謝の言葉を述べた。
それから、私たちは少し流れを後もどりして、そこから対岸へと渡り、すでに暗くなりかけた杉の斜面を道路まで出た。

まだ陽のあたっている向こうの山の高みに、マタタビの葉がまばらに白い。
私たちは帰り支度を急いだ。


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渓流のナイロンラインは、これだ

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この沢のユキノシタは花柄が特徴的で、とても美しかった

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これがマタタビ。初夏のころ一部の葉だけが白くなる

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この沢のユキノシタは花柄が特徴的で、とても美しかった

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神秘的な景観に思わずシャッターを切った。やはり沢はいい!

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体高のあるいいアマゴが出た

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どうだ。この沢のネイティブらしいいかつい面構えは

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何度釣ってもアマゴは飽きない

【今回の使用タックル】

ライン : ユニチカ シルバースレッドトラウトクリアー 4lb

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