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釣行記

釣行レポート

2013年6月22日

水野雅章、サワラを一尾だけ釣る

私が退院してまもなく、静岡の水野雅章が遊びがてら釣りをしにやって来た。彼は自家用車に釣り道具を積んで八時間ほどかけてようやく高松に到着すると、もう次の日には室戸方面へハマチを狙いに出かけた。しかし、折り悪く台風が近づきつつあったので、暴風に曝されながらの釣りを余儀なくされた。結果からいうと一尾も釣れなかった。
その夜、高松へと戻ってきた水野と晩飯を食った。
室戸までは三百キロ近くあるので、静岡から走って来て、また三百キロ走って、ショアからのジギングで青物を狙って惨敗の憂き目を見たのだから、疲れてがっくり来ているかと思ったが、案外けろっとしていた。
水野は二年前に甲状腺癌を患って、全摘出の手術を受けていた。
「全部取っちゃって大丈夫なの?」
「取っちゃえばすっきりするし、抗癌剤も投与しなくてすむし、面倒がなくていいと医者が言ったもので。全部取っちゃえば、もうないのだから再発しないわけです」
「そうはいっても、癌はどこにでもできるだろ」
水野の喉の下の方には寝首を掻かれたような長い傷跡がくっきり残っていた。
「それはそうです。でも、先のこと考えてくよくよしても仕方がない。治ってしまえば、今度病気になるまでは健康です。釣りに行かないって手はないでしょ」
「いいこころがけだねえ。そうこなくちゃ」
「そっちこそ、もう大丈夫なのですか、からだの方は」
「まあ、しばらくは死なないだろ。釣り解禁はもう少し先になりそうだけど」
「釣れますかね、サワラ」
「明後日の朝ね。そうだなあ。でも、まあ、ハマチがダメだったのだから釣りたいだろう」
「ええ、もちろん。まだ四国に来て何にも釣っていませんからね。それはそうと、竹居観音の浜の東側に岩場から突き出ている石積みの波止があるじゃないですか、あそこでサワラを狙っている若い人に、こちらに着いた日に会いましてね。そのとき聞いた話では、みんな釣れなくなったから棒が折れて、もう彼以外釣りに来なくなったそうです」
「だったらチャンスだな、やりたい放題好きにやれる。漁師はまだ獲れているっていうし、大きな卵が腹を裂くと出てくるそうだぜ」
「岸に近づかなくなったのではないですか」
「なあに、大丈夫さ。ジグをフルキャストして、あとは自慢のテクニックをじゅうぶん発揮してやれば、きっと大きいのが釣れるだろうよ」
「期待しています」
「これまでに、サワラ千尾以上釣っている名人だから、心配はしてないさ」
「いやあ、それほどでも。それに、新潟で培ったテクがそのまま通用するかどうか」
水野は新潟で食品会社の支店の所長をしている四年間、サワラがいっぱい泳いでいるのに目の色を変えて、ルアーで港の堤防などから釣って遊んでいたところ、地域の人が真似てやりはじめた。つまり、彼はその意味でジグを使ったサワラ釣りのパイオニアというわけだ。
「さて、同じやり方で釣れるかどうか、今から楽しみです」
「少しは工夫をしないと駄目かも知れないね」
「ええ。それがまた楽しいところでもあるのですが」
「釣りって、そうだよな」
「ええ。まったく」
このように釣りの話もするにはしたが、互いの病気にまつわる話題が多く語られた。
久しぶりにカツなど食ったものだから、病み上がりの腹に重くもたれた。
その晩は、早く帰って寝た。

当日の朝は、暑さもましな、いい天気だった。
水野から連絡が来たとき、私は仕事中だったが、
「釣れちゃいましたよ。拍子抜けするくらいあっさりと」と声を弾ませて言うので、早めに出向いて行って写真を撮ってあげることにした。
飲み物を買って竹居の吹寄せ漁港へ行ってみると、水野は長いほうの波止の付け根の石組の敷石の上からジグを投げたり、沈めたり、誘ったり、リールを巻いたりしていた。じつに手慣れたふうで、動きに無駄がなく、しかも彼はきびきびそれをこなしていた。
私は波止の波返しの上から、しばらく水野が釣るのを声もかけずに見ていた。
潮通しのよい外向きの釣り場だが、水野に後で聞いた話によると、釣れたときには流れはたいして速くなかったそうだ。
サワラは海面を横走りするときの素早さから鰭の強い魚の代表格のように思われがちだが、じつはマグロやブリやカンパチなどの青物にくらべると遊泳力はかなり劣る。
だから、潮が速くなると釣れが悪くなる。
仕掛けを沖へと投げて、速やかに底まで沈めたら、軽く誘いながらリールをゆっくり巻いてやるがよい。それも、のべつ誘いつづけるというのではなくて、少し間を置いて海中でジグを躍らせてやるという程度でじゅうぶんだ。ともすれば浮上しがちなジグを、海底へと沈めるために、水野は巻く手を時に止めて、ラインを送りだしていた。それも、手放しに放出するのではなく、指をスプールの縁に添えて、慎重にジグをフォールさせていく。
これは、沈下中のジグにサワラがちょっかいを出して来たときに即アワセを可能にするための企みである。
じつは、このフォール中にサワラがよくヒットするので気を抜けないのだと、以前、彼から教わった。
また、そのとき水野は私にこうも言った。
「フォール中のアタリは一か八かのところがあるのです。鋭いあの歯がフックを捕えるよういくら祈っても、リーダーに歯が触れてしまえば、もうそれでおしまいですからね」
タダ巻きでやっているときも、何とはなくてジグにサワラがじゃれつくというか、まとわりつく感じが仕掛けを通して手元に感じられることがしばしばあるが、こういうときは要注意で、不意のアタリを逃さぬよう神経を集中することが求められる。ずいぶん長くじゃれついてくるがヒットに持ち込めないときは、やはりフォールをうまく活用して本命のサワラに口を使わせる。
私は、昨年、今回の釣り場の西隣の江の浜地区と御殿地区の境にある岩場からサワラを初めて狙ったときに遠く静岡の水野からその指示を仰いだのだが、沖で横走りしているサワラをジグで釣りあぐねていた私は、ここに書いたような水野のアドバイスを目から鱗が落ちる思いで聞いた。彼の携帯電話での指示は的確で、その効果はてきめん釣果に反映した。けっきょく、その日の早朝、私は三尾のサワラ(と言ってもサイズ的にはサゴシだったが)を無事取り込むことができたのだった。
しかし、彼のサワラ釣りの腕前は折り紙付きでも、ホームグラウンドが新潟では釣技必見という機会にはなかなか恵まれるものではない。だから、釣るのを見るのは今回が初めてだった。
「うまく仕掛けを扱うものだな」
私は黙って水野が釣るのを眺めていた。
「あれっ、なあんだ。来ているなら言ってくださいよ」
ふり向きざまに水野は言って、眩しそうに目を細めた。
ようやく私は波止から下へ降りると、「やっぱりうまいな。動きに無駄がない」と水野を褒めた。
水野は足元に目を落とすと、
「ほら、そこ。ストリンガーに繋いで活かしています。サワラと呼ぶには小ぶりですけど、サゴシよりはずいぶん大きい。ただし、あとがいけません。底引き漁船が少し間を置いて続けざまに三隻すぐ前を通過して行きましてね、時合が潰れました」
沖にはいい潮目が出来ていた。
「あの筋です。あそこらへんが通り道で、その沖側へジグを投げて上層から順番に探ってみて、どの層で本命のサワラがよくちょっかいを出してくるかを試してみました。するとボトムからの誘いあげで、中層くらいでアタリをよく拾えるとわかりました。ジグを切られたりして、獲ったのは一尾だけですが、条件は悪くありませんでした。なのに、さて、これからガンガン釣るぞという矢先に例の底引き船騒動です」
むろん、操業はしていなかったが、それらの漁船はサワラを狙う水野を大いに鬱陶しがらせた。
すべての漁船をやり過ごした後、彼は熱を入れて釣りを再開したが、そのあいだに潮が速く流れはじめた。やがて、潮は飛ぶように流れた。
「もう二つか三つ釣って、まぐれ当たりじゃないと実証したかったなあ」と水野は残念そうに言った。
「もうじゅうぶん腕のよさは波止から拝見させてもらったさ」と私は言って歯型の着いたジグをケースの中から一つ二つ手に取った。
「ここだと20~28g(ふだんは28~40g)のジグでじゅうぶんですね」と私が手にしたジグを見て水野は言った。
「これは?」
「自作ですが、そのくらい(30g)の重さです」
ジグは自家製と既製品と両方使っているそうだ。サワラにはどういう形状が向くか訊くと、何でもいいと水野は答えた。ただし、イワシみたいな細長いものに反応がいいときもあれば、コノシロのように体高が出て横幅のやや薄いものがいいときもあるので、ある程度は使い分けが必要だそうだ。
しかし、活性の高いサワラならジグにこだわる必要はまあない。それよりも、実戦に事欠かぬだけの物量を準備して臨むことの方が大事である。鋭い歯のサワラ相手にジグの不足はいただけない。
「弾が尽きたら勝負になりませんからね」と水野はきっぱり言った。
道具立てについて訊ねてみると、
「このくらいでじゅうぶんです」と彼は言って、私に自慢のタックルを持たせてくれた。  ロッドは質実剛健を絵にかいたようなウエダ・プラッキングスペシャルTi102(10フィート)。リールはシマノ・ツインパワー4000を使用(ふだんは5000)。
「ラインは、ユニチカのシルバースレッドソルトウォーターPE25lbを、ずうっと贔屓にしています。もちろん、ヨイショしているわけじゃありません。道具やラインなんてものは、使ってみると本当かどうかすぐにわかっちゃいますからね。いい加減なこと言ったって仕方がない。ほんとに強度が高く扱いやすい。リーダーは、シルバースレッドショックリーダーFC 30lbですが、35lbとか40lbとかも平気で結びます。太くても問題はありません。サイズ的にはサゴシが多いわけですから、本来そのような太い仕掛けは必要ないわけですけどね。結局あの歯ですね問題は。ほんとに鋭い」
「なぜワイヤーはダメなの?」
どんなに細くてもワイヤーを介してジグとリーダーを繋ごうものならサワラの食いが極端に落ちる。私は、そのことを引き釣りの漁師や水野から聞いて知っていた。
「ほんとうのところはサワラに訊かないとわかりませんね。仕掛けが見えているというだけのことならジグのフックはワイヤーより目につくし、ジグ自体たいして魚には似てないし、色彩だって出鱈目なものがずいぶん多い。ジグ自体へんてこりんなわけです。リーダーだって10号とかなら太くて見えやすい」
「そういうと、ナイロンやフロロのリーダーを中間辺りでスパッと切っていくだろ」
「そうですね。よくありますね。ジグにちょっかいを出しにきたサワラにチモト付近をズタズタにされる。あれ以外に、ずいぶんジグから遠いところをあっけないくらい簡単に切られちゃう。あれは、光るからでしょう」
「うん。リーダーは透明でも海水と化学繊維では光の屈折率がちがうからね」
「餌の小魚みたいな輝きを放つ瞬間があるのではないかと」
「光モノが好きなのね」
それを、水野は魚を女になぞらえて、
「まったく雌ってやつは」と笑い混じりに言った。
「とりわけ雌の仕業だね」
「やはり、雌が犯人ですか」
どんどん潮は下げて来る。陽は高くに照って暑くなる。うしろの磯の雑木林からミサゴが沖へと飛び立った。
「来たときからずっとそうです。しばらくするとアジをわしづかみにして戻って来ます。それはほんとに大きなアジですよ」
水野はジグを沖へと投げ込んだ。沖は潮がいっそう速かった。左から右へと恐ろしいほどの速さで漂流物が流れていく。
「まるで川みたいだ」
「全然、食って来ないですね」
「ダメか」
「潮が速すぎます」
水野は、時合はとうに過ぎたと言いつつも釣りをあきらめない。持ち前の粘り強さでサワラを狙いつづけた。
水野の釣り座の右斜め前で潮が巻いている。私たちが立つ石積みの右は岩場で、海中も海岸線も地形が複雑だから潮が巻くのにちがいない。足元では石積みに沿って潮は左に飛んだ。
もう正午が近かった。
沖へ餌を探しに行ったミサゴが立派なアジをわしづかみにして戻って来た。ミサゴは私たちの頭上で、獲物を見せびらかすようなそぶりをふと見せたのち、背後の磯の山のなかへと姿を消した。
同じ向きでサヨリを狙っていた年配の者四人が潮の速さに舌を巻いて道具をたたみはじめた。じっさい、食いも落ちてきたようだ。
足元近くの反転流のなかを大きなアオリイカが潮に乗って現れた。色の変わっていない元気そうなアオリイカはエンペラを波打たせながら泳いでいたが、多くは胴の色がまだらに禿げ落ちたようになって元気がなかった。
「産卵を終えた奴ですかね」
「精も根も尽き果てたって感じだな」
「また泳いできましたよ。ほら、そこ」
「色艶いいねえ。元気だね」
「ちょっと引っかけてやろうかな」
水野は、急いでロッドを手に取った。
アオリイカは相当大きかった。親イカだ。その様子は、潮に流されるがまま漂っているふうには、やはり見えなかった。そのアオリイカは誰が見ても自分の意思と力で潮に乗って泳いでいた。しかも、水野が近づくと、殺気を感じたのか、ほんの少し向きを変えて流れに逆らうようにした。次の瞬間には、いつでも沖へ向かって逃げ去れるよう向きを変えていた。茶色の胴に光の綾が折々揺れて、それがまるで網をかぶせられた囚われの身のように私には見えたりした。不審げにこちらを睨む双の眼はしっかり見ひらかれていた。その眼には、ロッドを手にした水野がありありと映っているにちがいない。
水野はアオリイカのほんの少し沖側へジグを着水させた。そして、リールをゆっくり巻いた。ジグは手前に沈みながら岸側へと寄ってくる。その角度を持ったラインは、すでにアオリイカの胴に触れているにちがいなとそのとき私は考えた。だのに、アオリイカは平常の姿勢を保ったまま海面下にいて、こちらを訝しげに見ているだけだった。ジグがいい位置に来た。そう判断した水野がロッドを軽くあおった。ジグのフックがアオリイカの胴のどこかを引っ掻いた。その手応えが確かにあったのは私の目にも見てとれた。しかし、残念ながらその身に深く釣り鈎を打ち込むことはできなかった。
「あまりに近すぎて、ジグが勢い余って飛んできそうで、強くしゃくれませんでした。惜しいことをした」
アオリイカが、さっと素早く深みに姿を消したのは言うまでもない。墨こそ吐かなかったが、あっという間に姿をくらました。
「どうせ、あれくらい大きいと身が硬くて美味しくないに決まっている」
「でも、引きを楽しめましたよ。サワラはもう望めないし、せめて引きだけでも味わいたかったな」
「そういじめるものでもないよ」
「冷蔵庫で数日間寝かせると身が軟らかくなって味も出るとか」
料理も一流の水野は、それを試してみたかったのか、いかにも残念そうだった。
水野は普段からアオリイカを釣らないので、大きなアオリイカとどうやりあうのか見てみたかったと私は後でいくらか残念に思ったが、エギングに一生懸命の彼の姿を思い描くことはちょっとできなかった。
一人でニヤッとしていると、
「どうかしましたか?」と水野が訊いた。
私は、それには答えずにこう言った。
「そろそろおひらきにしようか」
ミサゴが一羽、また沖へ向かって飛んだ

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漁港内は駐車禁止。道路のひろまった場所に駐車する

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波止の付け根は小磯の岩場

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釣ったサワラは千匹以上!侮れぬ奴だ

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ジグはゆっくりあやつる。速巻きは禁物だ

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「一本釣れてホッとしました」と水野

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野郎二人のツーショット。ちと花がねえよなあ

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サワラの盛期の新潟の堤防

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新潟ではこのサイズも珍しくない

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水野絶賛のソルトウォーターPEとジグ

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水野に言わせるとこのくらいは朝飯前だそうな

【今回の使用タックル&ライン】

ロッド : ウエダ プラッキングスペシャルTi 102F
リール : シマノ ツインパワー4000
ライン : ユニチカ シルバースレッドソルトウォーターPE25lb(1.5号)
リーダー : ユニチカ シルバースレッドショクリーダーFC 30lb

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