2014年5月12日
川虫でアマゴを釣る
まず渓へ降りると、流れの底の砂を足でこぎあげて、川虫を捕る。川虫とは渓流釣り師がアマゴを釣るのに用いる幼生期のカゲロウの総称で、たとえばトンボのヤゴを小さくしたようなものである。数種類の川虫が足でこぎあげると捕れる。むろん、ただ足でこぎあげただけでは流れに乗って下流へと逃げ去ってしまうので、手持ちのタモですぐさま掬い取る。そのなかから自分の好む種類とサイズの川虫をピンセットでつまんで餌箱のなかに仕舞う。
いわゆる、年券である。徳島県吉野川水系で釣りができる(一部を除く)
シランが河原に咲いていた
渓流への降り口に立つ漁協の御定め書き
砂を足でこぎあげて川虫をタモで掬い捕る
タモから川虫を選り出す
今回、最も食いがよかった川虫
ミキカツさんこと三木勝利氏は、「これとこれ、あっ、これなんかも釣れそうだな。いい餌がとれたぞ」と誰に言うともなく言ってうなずくと、しばらくのあいだ川虫を採集することに没頭していたが、ややあって、かがめた腰をグぅーンと反らせるようにして伸ばすと、「さてさて。さっそくやってみますかね」と満面の笑みでこちらをふり返った。
申し遅れたが、今回の釣り場はつるぎ市の貞光川である。ちょうど一宇の町並みが始まるところ、林道脇の広くなったところに車を止めて、道端に設けてあるコンクリートの丈夫な階段を使って流れのほとりまで降りていった。時刻はたしか午後三時を過ぎていたと思う。
「平日だとは言っても、この時間じゃ、先行者がいるだろう」
「もちろん、3番川、4番川、もしかすると5番川かも」
「河原の砂は釣り師の踏み跡だらけだったりして」
「アハハ。そいつはいいや」
「なにが?」
私は、カメラの調子をみながら言った。
「心配しなくても、晩飯のおかずくらいは釣れるさ。大丈夫。写真を撮らせてやるよ」
「とか何とか調子のいいこと言って、アブラハヤやカワムツの連発なんていうのは御免だぜ」
「俺の腕を信じなさい」
「当たり前だ。いい調子でのんびりしているところを招集されたのだからね。釣ってもらわないと、俺がバカをみる」
ミキカツさんの仕掛けは一風変っている。まず、竿は渓流用のノベ竿にはちがいないが、アマゴを釣るにしては、へなへなとして腰が弱い。穂先もしなやか過ぎるほどのたわみようだ。仕掛けの先を指につまんでわずかに張っただけで大きく撓った。
やはり、それはアマゴ用ではなくて、繊細な穂先を持つ5mのハヤ竿だそうである。道糸は天井糸と兼用だそうで、メバル用の蛍光色のナイロンだという。とにかく視認性が抜群だそうだ。
「黄色なんかは、渓流ではとくに見やすいね」とハリスに鈎を結びながらミキカツさんが言った。
見やすい黄色の部分はユニチカ・ナイトゲームTHEメバル3lb、ハルスは0.4号のユニチカ・スタークU2渓流(約1メートル)である。オモリはガン玉6号を鈎から30cmほど離してセットする。目印は道糸とハリスの繋ぎ目の少し上、道糸に取り付ける。これは、オレンジ色をした化学繊維で出来た浮力の高い目印で、フライフィッシングでいうところのインジケーターの役割をする。つまり、流れに乗せて使うから浮いて流されていくが、止水ではオモリの重さに引かれて、ゆっくり沈んでいく。ミキカツさんの意図するところは、仕掛けの先の鈎に刺してある餌の川虫が、なるべく自然に流れに乗って下流側へと流されていくように仕向けること。つまり、ナチュラルドリフトの実現にある。
私は餌釣り師ではないので、知ったような口は利けないが、流れのどこをどのように釣っているかに注意を払いながらミキカツさんに着いて歩いてみて、「これは、ウエットフライでアマゴを狙うのとほとんど変わらないぞ」ということがわかった。
「毛鈎と同じだね」
「そのとおり。餌の川虫が取れないときは、長尾さんに巻いてもらったフライを結んで釣るよ」
「釣れる?」
「川虫よりもアタリが明確に出るね」
「アワセやすい?」
「川虫もフライも、うまくいくときと、しくじるときがあるよ」
もう釣りを開始して30分が過ぎようとしていた。
「今度も小さいね」
「うん。先に抜かれているみたい。この踏み跡なんかは、まだ新しい。でも、人によって釣り方はまちまちだし、そのうち大きいのが出るだろうさ」
たしかに、ミキカツさんみたいな仕掛けと釣り方は珍しいかもしれない。何からヒントを得たのか、長年の経験から答えをはじき出したのか、それはわからないがフライフィッシャーマンの私からみると理に適った釣り方だ。
そして、釣りあがるミキカツさんが、少し遅れて歩く私に手をあげて合図をしたのち、まもなくこんどは流れを指さして何か言った。瀬の音にかき消されて聞こえなかったが、それが、胸躍る予感に満ちた発言であることは、そのちょっとした所作から容易に知れた。
私は急いでカメラを取り出して、ミキカツさんにひとたび向けてから、手でオーケーの合図をした。
「いつでもやってくれ!」というわけだ。
ミキカツさんは流れを横から釣ると決めたらしい。白泡と白泡のあいだに、水面が鏡のように平らになった、帯のような幅のある流れが一筋みえる。風が時折強く吹いたが、ミキカツさんは軽い仕掛けを慣れた動作で正確に投げ入れた。仕掛けに繋がれた餌の川虫が、浮かず沈まずといったふうに、やや水面に近い層を下流側へと流れくだっていく。仕掛けが1mほど流れたところで、ミキカツさんがアワセを入れた。ほとんど反射的に、ぐっと仕掛けを引き絞る。すると立てた竿が綺麗な弧を描いて撓った。
膝で調子を取りながら、やったり取ったりのやり取りがしばらくのあいだつづいた。
ミキカツさんはアマゴを浮かせると、間髪を入れずに宙へと抜きあげて、無駄のない動きでタモに受けた。
渓の春は花の春でもある。小花も間近にみるとハッとするほど美しい
岩盤に根を張る樹に厳しい自然を生き抜く覚悟をみた
砂に残った足跡。。鹿か、猪か、それとも熊か!
白泡の脇の緩い流れの筋でアマゴがヒット!
タモに掬って一安心。良型だ
朱点の鮮やかな野性味あふれるアマゴが来た
よいサイズのアマゴが出た
このサイズも連発。むろん、即リリースした
うーん、キープか、リリースか、それが問題だ!
その後も、アマゴはコンスタントに釣れた。
けれども、一見して特級ポイントだと誰が見てもわかる場所では立派なアマゴは1尾も顔をみせてはくれなかった。2級も、パッとしなかった。3級、あるいは番外の「竿抜け」と呼ばれる場所を粘く叩くことで、どうにかこうにか釣果を得た。
この日は、廃校になった一宇中学校の辺りで竿を納めたが、そこから先も良型のアマゴが釣れるそうである。
ただし、そこを釣るには時間が足りなかった。
本来は夕暮れどきに大物が出るそうだが、それは渓流釣りの愛好者なら誰にだって想像がつく。だから、少々残念な気がした。
じつは、この日の夜、ユニチカテグス総発売元である日紅商事の担当者が大阪から来て一緒に飯を食う約束になっていたため、ミキカツさんも私も、それに間に合うよう釣りをきりあげなくてはならなかった。
「最近、川へ来ても竿を出さないって、田所さんや男爵から聞いたぜ。こんど来るときは一緒に釣ろう」と車に乗る間際にミキカツさんが言った。
私は即答しなかった。
まっ、体調と気分がよいようなら竿を出してみるのも悪くないな、と私は内心そう思った。
けれども、ミキカツさんには曖昧にうなずいてみせただけで、雲の低く垂れこめた山の空に目をあげた。
「今にも泣き出しそうな空模様だね」と私は何食わぬ顔で、そう言った。
岩戸温泉。一宇の民家が建ち並ぶ通り沿いにある
戸口に釘で止めたブリキの看板。年代ものだ
雑貨屋のおやじと釣りの話で盛りあがるミキカツさん
1時間半ほどで、これだけ釣れた
空き地にオダマキが咲いていた
【今回の使用竿&仕掛け】
竿 : シマノ 寒流_SX硬硬調50
道糸 : ユニチカ ナイトゲームTHEメバル3lb(天井糸を兼ねる)
ハリス : ユニチカ スタークU2渓流 0.4号
オモリ : ガン玉 6号
釣り鈎 : 渓流針6号