ゴマから作るスーパーエンプラ

玉田

前回はトウゴマからできる強くて軽い繊維「キャストロン」について教えていただきましたが、今回も同じトウゴマのプラスチックのお話だそうです。
やっぱり強くて軽いプラスチックができるのかな?

浅井

それは私がお答えします。

アサイ・ミホ
玉田

あら、また浮いている……。今日は魔女の登場ですね!

浅井

私はユニチカ樹脂生産開発部の浅井美穂です。
ヒマーシ・アブーラの魔法の研究をしています。

玉田

ヒマーシ・アブーラって……ひまし油ですよね。トウゴマを搾って作る。
前回、聞いていますよ。

浅井

そうでしたか、打ち合わせ不足でした……。まあとにかく始めましょう!
私達はひまし油から、例えば、こんな商品を作ろうとしています。

プーリー
中央の黒い部品がプーリー。エンジンの力を伝達する重要部品
浅井

真ん中の黒い部品がひまし油から作れるものです。これは、車のエンジンの力を伝達するプーリー(滑車)ですね。

玉田

へー、メカメカしい。アパレル用途の「キャストロン」とは全然違いますね。

浅井

そうなんです。こういった機械用途に開発したのが、私が研究する
スーパーエンプラ「XecoT(ゼコット)」です。

玉田

スーパーエンプラ!ってなんか強そうですね〜。
特撮ヒーローのキャラクターみたいな名前ですが、どういう意味なんですか?

「ゼコット」と他材料との性能比較
浅井

確かにヒーローみたいですよね(笑)。
プラスチックは「使用できる温度」によって呼び方があるんです。一般に、100度以下で使用するものを「汎用プラスチック」。150度以下まで使用可能なものを「エンジニアリングプラスチック(=エンプラ)」。
150度以上でも使用できるものを「スーパーエンジニアリングプラスチック(=スーパーエンプラ)」と呼ぶんです。

玉田

なるほどー。そういう意味なんですね。この図を見れば「ゼコット」がピラミッドの頂点に近いところにいるとわかります。どうやったらこんなに強いプラスチックができたんですか?

「ゼコット」の強さの秘密を説明する浅井さん
「ゼコット」の強さの秘密を説明する浅井さん

「まじりっけなし」だから強い

浅井

その秘密がヒマーシ・アブーラにあるんですよ。
「ゼコット」の原料の半分はひまし油なんですが、ミクロなレベルで言うと「デカンジアミン」と「テレフタル酸」とをつなぎ合わせているんです。

玉田

すみません!デカンジ……酸……何でしたっけ?カタカナいっぱいで難しいですね。

浅井

そうですよね。じゃあ、デカンジアミンは「デカちゃん」、テレフタル酸は「テレちゃん」と呼びましょう!2つを混ぜて反応させると、こんな感じでつながっていきます。

「ゼコット」の作り方
玉田

なるほど!デカちゃんとテレちゃんが鎖みたいにつながったものが、「ゼコット」なんですね。

浅井

その通りです。ちなみにデカちゃんがひまし油から作られていて、「ゼコット」の強さの鍵になっているんです。

玉田

へー、そうなんですか。

浅井さんの説明を聞く玉田さん
浅井

強さの秘密を、おにぎりに例えてみましょう。
お米だけのおにぎりと、雑穀入りのおにぎり、強さという意味ではどんな違いがあると思いますか? テレちゃんは必要な水分だと思ってくださいね。

玉田

雑穀入りだと、どうしてもお米だけの時より崩れやすいですね。ポロポロしてるイメージです。

浅井

ですよねー。崩れやすいのは雑穀とお米が強くくっつかないことが原因ですが、プラスチックでも同じことが起きるんです。

ホモポリマーとコポリマー
浅井

普通、プラスチックを作るときには、不要な成分が混ざってしまいます。おにぎりでいう雑穀のことで、ここでは「ジャマちゃん」と呼びましょう。
ジャマちゃんが多いと、図のように似て非なる鎖ができてしまい、きちんと整列することができません。一方、ひまし油はデカちゃんをほぼ「まじりっけなし」で取り出せるので、ジャマちゃんなしの同じ種類の鎖を、図のようにピシッと並べることができるんです。

玉田

ジャマちゃんがない方が、ガッチリかみ合っていて隙間がないですね。

浅井

そのとおり。このガッチリ度が高いことが「力に強い」「水に強い」「熱に強い」という、「ゼコット」の三大特徴の源になっています。

「ゼコット」の3つの特徴
玉田

なるほどー。確かにきっちり整列してるほうが強そうというのは、感覚的にわかります。
そして「ジャマちゃんなしのデカちゃんが作れる」ヒマーシ・アブーラが偉い!っていうのも納得です。

浅井

そうなんですよ。ちなみにこちらが、「ゼコット」と他のプラスチックの削られやすさ(比摩耗量)の比較グラフです。数字が小さいほど削れにくいことを表しています。

削られやすさ(比摩耗量)の比較
玉田

こんなに違うんですね!削れにくいってことは、ものが長持ちするってことですよね?大切なポイントですね。

浅井

次に、「ゼコット」の水を吸う量を比較したのがこちらのグラフです。

水の吸いやすさ(吸水率)の比較
玉田

「ゼコット」は水をほとんど吸わないんですね。それはいいことなのですか?

浅井

水を吸うということは、その分だけ「材料が膨らんでしまう」ということ。膨らむと部品の大きさが変わってしまいます。それは様々なトラブルの原因になるんです。

玉田

なるほどー。水はどこでもあるものですし、水を吸わないというのは大切な要素なんですね。

浅井

もう一つ、大切なのは「熱に強い」ということです。耐熱性と、150度での強度の比較グラフがこちらです。

耐熱性と高温時引張強さの比較
玉田

へー、すごい。「ゼコット」はプラスチックなのに300度以上でも耐えられるんですか?

高速・高温ならおまかせを

浅井

そうなんですよ。熱に強い「スーパーエンプラ」の中でもトップクラスの耐熱性です。
ちなみに、日本バイオマスプラスチック協会に登録されているバイオマスプラスチックで、スーパーエンプラにあたるのは「ゼコット」だけなんです。
この高い耐熱性が役に立つわかりやすい例が、こちらの「インペラ」という部品です。

超高速回転で掃除機の吸引力を生み出すインペラ
超高速回転で掃除機の吸引力を生み出すインペラ
玉田

不思議な形ですね。何に使うものですか?

浅井

これは家庭用掃除機で使うんですよ。意外に身近なんです。
インペラが超高速で回転することで、掃除機は高い吸引力を生み出しています。電源を入れると「ウィーン」って甲高い音が鳴りますよね?

玉田

あー、キュイーーーーンっていうのは、これが回っている音なんですね。
確かにすごい速さで回ってる!っていう音がしますよね。

浅井

そうなんです。ただ、高速で回転し続けると摩擦熱でどうしても高温になります。さらに、高速回転の遠心力によって強い力がかかり続けます。
つまりこの部品に必要なのは「耐熱性」と「高温下での強度」なんです。「ゼコット」の特徴にピッタリなんですよ。

玉田

なるほどー。本当にぴったりですね。

浅井

インペラは金属で作ることも多かったのですが、「ゼコット」を使うことで大幅に軽量化できるんです。そこも大きな利点ですね。

玉田

最近の掃除機は軽くてよく吸いますもんね。秘密はこんなところにあったんだ。

浅井

これ以外にも、「ゼコット」は様々な用途で使われています。

太陽光発電などで使われている結束バンド
太陽光発電などで使われている結束バンド
玉田

あ、これは見たことがあります。長いものをまとめたりするバンドですね。

浅井

そう、結束バンドですね。普通の用途であれば「ゼコット」を使う必要はないのですが、これは耐熱性が必要な特殊な用途で使われています。なんだと思いますか?

玉田

えー、ぜんぜん分からないです……。暑いところで使うのかな。

浅井

これは太陽光発電で使われているんですよ。
日本中、いろんなところで太陽光パネルを見るようになりましたが、当然、日当たりがいいところにあるので真夏の温度はかなり高くなります。
そして太陽光パネルは10年以上使われるのが当たり前ですから、耐久性も重要です。そこで「ゼコット」が役に立つというわけです。

玉田

うーん。確かに太陽光パネルに使うには、耐熱性と耐久性が不可欠ですね。
それに地球に優しい太陽光パネルと、ひまし油由来の「ゼコット」はピッタリの組み合わせだなー。

ベアリングリテーナーを手に話す浅井さん
ベアリングリテーナーを手に話す浅井さん
浅井

「ゼコット」は様々なものを混ぜることで、柔らかくしたり硬くしたり、いろいろな特徴を追加できるんです。ちなみにこのベアリングの部品である「リテーナー」にはガラス繊維を混ぜることで強度を上げています。
これも常に高速で回転し続ける部品なので、高い耐熱性と耐摩耗性が必須。だから「ゼコット」はもってこいなんです。

玉田

うーん。「ゼコット」はいつも過酷な環境で使われているんですね。

浅井

そうですね。「ゼコット」の強さはピカイチなので、今まで金属で作るのが当たり前だったものを代替できるようになってきています。
「ゼコット」は金属よりも軽いので、自動車などでたくさん使用すれば燃費の向上に貢献できる。私たちは、そういう使い道を研究しているんですよ。

玉田

「ゼコット」はいつごろ生まれたんですか?

浅井

開発は2009年に始まりました。バイオマス原料で世界最高レベルの耐熱樹脂を作ろうとしましたが、研究費をつぎ込んでも期待する性能が出せずにいました。「あと一回試してダメなら開発中止」という瀬戸際で、うまくいったそうです。

浅井さんの話を聞く玉田さん
玉田

研究者さんは気が気じゃなかったでしょうね。

浅井

成功の瞬間は跳び上がって喜んだそうですよ。玉田さんが来ると聞いたので、開発した先輩に昔話を聞かせてもらったんです。苦労話の他にも先輩は「化学の世界も石油をなるべく使わない時代を迎えている。「ゼコット」なら生き残っていけるはずだ」と話していました。

玉田

やっぱり「トウゴマからできている」ということが強みになる時代が来ているんですね。

浅井

そう思います。だからこそ、魔法の材料であるトウゴマ・ひまし油の力をもっともっと引き出したいですね。皆さんの期待にこたえる研究を、更に進めていきたいと思っています。

2回目のレッスンを終えた玉田さんと畑中さん