産業に欠かせぬ「有機溶剤」

玉田

ユニチカ魔法学院レッスン7は女性の魔法使い、魔女の先生だとうかがいましたが。

平井

玉田さん、魔法学院へようこそ。私は京都府宇治市にあるユニチカ中央研究所の平井みほです。研究所では「新たな魔法の実験」を担当しています。

ヒライ・ミホ
玉田

そうか。魔法も実験してから実用化するんですね。

平井

世の中の役に立つかどうか、何年もかけて試すんですよ。
今日ご紹介する魔法は「エネルギーを大切にする魔法」です。これがうまくいくと、九州・四国の全家庭からの排出量に匹敵する二酸化炭素(CO2)を毎年を減らすことができるんです。

玉田

そんなにたくさん?! どんな魔法なのですか?

平井

この魔法は、主に工場で活躍するんです。玉田さん、有機溶剤って分かりますか?

談笑する玉田さんと平井さん
玉田

うーん。よくわからないですね……。

平井

わかりやすいものではアルコールです。お酒に入っているあれです。
正しくはエタノールという名前なのですが、キッチンの油汚れなどにかけると、汚れをさっと溶かしてくれるんです。この「水に溶けないものを溶かす」という性質を持っているものが有機溶剤と呼ばれています。

玉田

なるほど。それならなんとなくわかります。

平井

この「溶かす」という性質はとても役に立つので、有機溶剤はとても広く利用されています。身近なところだと、塗料だったり、何かの洗浄だったり。そうそう、ドライクリーニングにも使われていますね。

有機溶媒の利用が欠かせない(左から)クリーニング、医薬品、半導体
有機溶剤の利用が欠かせない(左から)クリーニング、医薬品、半導体
玉田

へー、難しそうな名前ですが、身近なんですね。

平井

さらに、有機溶剤にはたくさんの種類があって、それぞれ「何を溶かすか」が違うので「欲しい成分だけを溶かして取り出す」ということができてしまいます。薬品や香料の製造には欠かせない技術ですね。

大量の化石燃料を使う「蒸留」

玉田

本当にたくさんのことに使われているんですね。

平井

そうですね。だから、有機溶剤は毎日ものすごい量が世界中で使われるし、高価な物もあるので不純物を取り除いて再利用することが多いんです。
どうやって再利用するかというと、いまは溶剤を燃料などで熱して蒸発させて、それを冷やして液体に戻す「蒸留」という方法が使われています。

玉田

温めて蒸発させるんですか。ヤカンで沸いているお湯を想像すると……、結構大変そうですね。

一般的な有機溶媒の蒸留プロセス
平井

おっしゃるとおりで蒸留には燃料や電気が大量に必要なんです。
環境省によると、日本のCO2排出量の2%を化学産業の「蒸留」が占めています。これが最初にお話した九州・四国の全家庭からの排出量に相当します。

玉田

相当な量ですねー。でも、話の流れからすると、この「蒸留」が不要になる魔法を研究されているということでしょうか?

平井

そのとおりです。溶剤を熱することなく、不純物を「糸の束」でこしとる魔法を研究しているんです。

玉田

糸の束?

平井

これがその試作品です。

「糸の束」が詰まった中空糸膜をのぞき込む玉田さん
「糸の束」が詰まった中空糸膜をのぞき込む玉田さん

「こしとる」から燃料不要

玉田

なんだか変わった形ですね。この中に入っているのが「糸」なんですか?

平井

そうです。この糸は真ん中がストローみたいに空洞になっています。これが魔法の源「チュークー・シマーク」です。

玉田

出ましたね。いつもの魔法風。

平井

一般的には「中空糸膜」ですね……。

中空糸膜モジュールに詰まっている糸を手にする玉田さん
中空糸膜モジュールに詰まっている糸を手にする玉田さん
玉田

この糸、こんなに細いのに断面を見るとストローになってるんですね。

平井

でも、このストローみたいな穴では不純物をこし取るには大きすぎます。
この糸は電子顕微鏡で見るとスポンジみたいになっているんです。糸の原料と特殊な液を混ぜてそれを一気に冷やすとそれぞれが分離して固まり、写真のようなミクロの穴ができるんですよ。

中空糸膜の構造
玉田

なるほどー。この小さな小さな穴が、通したくないものをキャッチしてくれるんですね。

平井

そうです。それに加え、私たちは研究を重ねてこの穴の大きさを自在にコントロールできるようになりました。
先程お話したように、有機溶剤の使い道は多種多様ですから、除去したいもの、したくないものも様々。なので、穴の大きさを調整して用途に合わせることはとても重要なんです。これが中空糸膜フィルター「WINSEP®」。蒸留に替わる「超ろ過膜」です。

色つきの液体も中空糸膜を通せば透明に
色つきの液体も中空糸膜を通せば透明に
玉田

穴の大きさを自由に変えられるってすごいですね。
スポンジケーキのきめ細かさを、材料や焼き方などで自由自在に操れる! そんな感じでしょうか?

平井

イメージは同じです。ところで、蒸留せずにフィルターでこし取ると、必要なエネルギーはどのくらいになると思いますか?

玉田

えー? 想像がつかない……。

平井

たったの0.1%しか必要なくなるんです!

有機溶剤再生のエネルギー比較
玉田

本当に!? つまりは99.9%も燃料が節約できるのか。魔法みたいですね。あ、失礼。すごい魔法ですね!
でも、どうしてそんなことができるようになったんですか?

平井

中空糸膜の原料になるナイロンのおかげです。有機溶剤に強いので、室温くらいであればいろんな溶剤を流し込んでも溶けません
溶剤は膜を通り抜け、中空糸膜は溶剤以外の不純物をキャッチします。不純物の大きさが分かればそれより穴の小さい膜を作ることができます。
この技術が国に認められて、次世代エネルギーの研究を支援する国の機関、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の開発プロジェクトに採択されたんです。

玉田

これだけ期待できる技術なら、国の機関が後押しするのもわかりますねー。

スマホから再生医療まで

平井

今は実用化に向けた最終段階です。安定して確かな性能が発揮できるかテストを重ねているところです。

中空糸膜で色水をろ過して見せる平井さん
中空糸膜で色水をろ過して見せる平井さん
玉田

どんな場面で使われそうですか?

平井

自動車やスマホに使われているプラスチックや機械、他にも塗料や医薬品、リチウムイオン電池の製造工場など、それはそれはいっぱいありますよ。
それともう一つ。新たな使い道も開発されつつあります。再生医療です。

玉田

再生医療って、iPS細胞やES細胞とかよくニュースでやってるあれですか?

平井

そうです。現在は細胞をシャーレで培養していますが、これを中空糸膜の3次元空間で培養するとシャーレよりも効率的かつ大量に培養ができます。この特性を活かして人工肝臓の研究も進んでいるんですよ。私もびっくりです。

玉田

平井さん、楽しそうですね!

平井

実験で不純物をこし取ったきれいな溶剤を見ると素直に気持ちいいんです。パソコンで実験データを見ながら心の中でガッツポーズしちゃいます。
あと一歩です。地球に優しい化学の魔法を世に出せるようにみんなで頑張ります。

対談した平井さんと玉田さん